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先生に“さんづけ”


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函館を走る
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 通っていた高校には、他校から見ると奇妙な習慣やら変わった文化やらがいろいろあった。その中の一つが“さんづけ ”。

 級友にはさんづけなんかしない。もちろん。名前の呼び捨てだったり、苗字の呼び捨てだったり、アダナだったり。

 先輩にはさんづけ。後輩には、君づけが普通だったか。

 普通じゃん。

 変わった文化としてのさんづけは、先生に対してのもの。「沖田先生」「東郷先生」ではなくて、「沖田さん」「東郷さん」。

 ちょっとなめた感じ、背伸びした感じがなくはないけれど、悪意はなかった。さんづけとしての敬意はちゃんとあった。

 先生に対してのこれは、いつから始まったのか。開校当初からだったのか。あるいは、北海道で最初の(当事者たる卒業生の証言によれば日本国内で最初の)学園闘争のときからだったのか。

 僕らは、諸先生方を権威ととらえて接するのではなく、賢者として接していたのだと思う。「東郷先生」と呼んでいたら、先生も私たちも、違う人間になってしまっていただろう。

 高校時代からそんな風なので、今もよほど立派な人に対しても、「先生」で呼ぶことがない。「先生」と呼んだ途端に、敬意が嘘くさく感ぜられてしまう。

 咄嗟に「先生!」と呼びかけてしまったのは、名前を存じ上げないお坊さんから、思いがけず親切にしてもらったとき。あのときの「先生」は、本当に紛れもない先生と感じたからなんだろうなと思う。

 ちなみに、カナダ人のブラザーたちは、「アルマン」「ルイ」とファーストネームの呼び捨て。“呼び捨て”というよりは国際ルールで、ローカルルールのさんづけはしなかったということだと思う。「デギールさん」「メグリガーさん」では、どこの国の人なんだかわからなくなると思う。

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コメント

投稿者 うみがめ : 2009年2月13日 12:14

そう言われてみれば、同じ高校の出身である兄が高校時代の恩師について語るとき、「先生」ではなく「さん」付けで呼んでいました。元々そうした伝統があったのですね。

私が大学の医局に籍を置いていた頃、医師同士がお互いを、対外的には「先生」と呼んでいても、仲間内では気軽に仇名で呼び合う、そんなフレンドリーな環境だったのを思い出しました。
教師に対する「さん」付けも、もしかしたらそうしたフレンドリーな関係の延長にあるかもしれませんね。


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