食べ物記者 齋藤訓之

農業、食品、外食に関するビジネスの記者・編集者、齋藤訓之(さいとう・さとし)のWebサイトです。

勤労できることに感謝する、勤労感謝の日

[caption id="attachment_1175" align="alignright" width="144"]稔りに感謝 稔りに感謝[/caption]

 本日勤労感謝の日。法律によれば、「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」日である由。11月23日は、もともとは新嘗祭。日が短くなり自然の力の衰えが極まる冬至の日に、最新の収穫をもって神々の復活を祈念した祭の日だ。そして私にとっては、勤労感謝の日は「勤労できることに感謝する日」だ。

 1993年9月、私は勤めていた会社を退社した。会社が莫大な借金を抱え、なお返済の目処が立たないばかりか、日々現預金が減っていく状況の中、社長に対して私は個人の資格で、リストラによる再建を強く勧めた。それを受けて、9月1日、9月10日、9月20日の3回で、希望退職者を募るということになった。結果的にその3回で、当時100人ばかりいた社員の50人ぐらい辞めただろうか。私は発案者としても、その9月1日にただ一人退社した第一号としても、当時のことを誇りに思う。

 退職金は、すべてMacintoshと周辺機器とソフトに変えた。現役時代から、社内でほとんど一人だけDTPに取り組んでいた。それで道具を揃えて、「企画、取材から執筆はもちろん、刷版まで行けるライター」として売り込みをかけた――んだけれども、当時、その意味がわかる編集者は少なかった。あの頃はコスト意識のある編集者というのは少数派で、また「刷版」を知っている編集者も少なかった(今も、驚くほど少ない)。同じ頃、仲間のデザイナーもIllustratorでレイアウトを始めていたけれど、編集者はハードコピーしか受け取らない。それをもとに写植を打って入稿するという、そんなバカげた時代だった。で、私のMacintoshは今まで買った中で最も高いおもちゃとなってしまった。

 しかし、何も焦る必要はなかった。早期退職は会社都合である。翌日から給付が出て、何もしなくても食べて行けたのだ。

 せっかく会社に通わなくてもいいこの機会に、遠くへ旅行にでも行っちゃおうかとも考えた。しかし、給付を受けられるのは、求職している事実がなければいけないので、これはできない。かといって、職安に行っても、当時は編集の仕事なんかはなかった。

 どうなったかというと、家にこもってしまった。することはない。焦りもない。ときどき銀行に行ったり食べ物を買いに出るほかは、外に用はない。すると、だんだん人と目を合わせるのが億劫になる。外出するのは真夜中。

 思い出した。あの頃はパソコン通信は使っていたけれど、インターネットはなかったんだ。何をしていたか。目が覚めると何か食べて、MacintoshでSimCityを立ち上げて、それを眺めながら本を読んで、眠くなったら寝て。そんなハムスターのような毎日だった気がする。たぶん、あれが「ひきこもり」というものだったのだろう。

 だから、このまま世間とかかわりを持たない人間になってしまうのではないかと、だんだん怖くなってきた。年明けに、前の出版社でニュースクリップや校正でかかわってくれていたある人から、別な出版社にいる友人を紹介するよと電話が来たときは、「助かった」と、本当にうれしかった。

 結局、その会社はいろいろな問題を抱えていて、半年ほどで見切りを付けて退社したけれど、おかげで勤労し続けるきっかけはもらえた。社長より下には尊敬できる人は一人もいなかったけれど、感謝はしている。

 退社後は再びフリーライターとして御用聞きに回る。このときはDTPがどうのとか言わなかったため、スムーズに仕事が集まった。

 その後、あるパソコン通信の会社で今はインターネットプロバイダーである会社の社長の気まぐれに付き合ってしまったおかげで、私は再び仕事がなくなってしまった(受けていた仕事を全部仲間のライターに引き継いだ後、「やっぱりやめた」と言われてしまった)。

 訴訟の準備に入ったものの、古い友達と話していて、これからの時代(インターネットが普及していく時代)を考えれば喧嘩してトクのある相手じゃないよなということになり、人知れず矛を収める。

 とは言うものの、仕事がなくては生きていけない。まして、このとき、婚約したばっかり。

 そこへまた、別な人から、小さな雑誌を出している友人がいるからと、紹介してもらった。

 本当に小さかった。社長を含めて3人。もう一人と私が入ってやっと5人。

 でも、そこでたくさんのことを教わった。最もありがたいことは、経営者たる人の語り方振る舞い方に、机を挟んで目前で触れることができたことだ。

 夏が近くなって、彼はせっせとあちこちに電話をかけ始めた。雑誌に広告を出してくださいと頼んでいる。いくつもいくつも電話し、断られ、また電話して。

 私は別な仕事をしながら、ある瞬間、ふっと気が付いた。社長は私にボーナスを出してくれようとして、一生懸命営業しているのだと。

 本当にありがたかった。

 働くということ、働けるということ、勤労できる場を用意してもらえるということ、勤労に報いてくれようとする人がいること――働くってなんなのか、それがわかるまでに30年かかった。まだ全部はわかっていないけれど、わかっていける自信はある。

 というわけで、元新嘗祭である勤労感謝の日。この日は私にとってはやっぱり、だめになりかけた自分から復活できたことを記念する日であり、勤労できることに感謝する日でなくちゃいけない。誰のおかげで働けるのかを考え、感謝できるようでありたい。

 この1年も、私に執筆や編集の仕事をご用命くださった皆様、お話を聞かせてくださった皆様、読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

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