食べ物記者 齋藤訓之

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「コンプライアンス」とは無縁の灯油移動販売

[caption id="attachment_1176" align="alignright" width="144"]寒い冬に、心だけは温かくありたいものだけれど 寒い冬に、心だけは温かくありたいものだけれど[/caption]

 冬になると、憂鬱なことの一つ。灯油の移動販売が来ること。うるさいったら、ありゃしない。それに、怖い。

 音楽を鳴らしながら、タンクローリーがやってくる。しかも、わが家の前によく居座る。うちの前は、道路がちょっとだけ広くなっているところなのと、近所に賃貸アパートやマンションがあるので、お客さんが多いらしい。キンコロ、キンコロと音楽を鳴らしたまま、何十分も居座る。

 このタンクローリー、実際にはどこの燃料店のものかはわからないけれど、車に描かれている元売会社のロゴは、市内で何年か前に人命にかかわる重大事件を起こしたスタンドと同じ会社のもの。そのスタンドは、冬のある日の夕方、灯油を買いに来たお客さんのポリタンクに、ガソリンを入れて帰した。ガソリンは色が付いているものなので、白灯油と間違うことがあるというのに驚いたけれど、とにかく、そういうとんでもない誤りを犯した。

 その夜、消防の広報車が市内を夜通し走り回った。石油ストーブにガソリンを入れて点火すれば、その瞬間に爆発して部屋中を火の海にし、その家だけでなく隣家も火事にしかねない。お客さんは死んじゃうよ。そして、私の家の近くのアパートや隣の家の人が、この間抜けなスタンドからポリタンクを持ち帰ったお客さんだったらどうしよう……それを考えると眠れなかった。

 結局夜明けまでには、“爆弾”を抱えたお客さんは見つけられなかった。それで、翌日も朝から消防の広報車は走り続けた。情けないと思ったのは、翌日の新聞でこの事件を扱った記事は、私は読売新聞1紙でしか発見できなかったこと。それも、小さな数行のベタ記事だった。地域の誰もが大惨事と隣り合わせにいる事態を伝え、注意を喚起してくれる役割は、新聞には求められないのだとがっかりした。

 ついにヘリコプターも出動し、どこかに異常がないか、上空から監視を始めた。消防も走り続ける。

 記憶では、当該のお客さんが見付かり、危険は去ったとの知らせが入ったのは、3日目だったと思う。やっと安心して眠った。

 けれど、そのスタンドから謝罪の広告などが出たとは、私は確認できなかった。新聞に小さなお詫びを載せてもらえばいいのに。お金がないなら、元売に協力してもらってもよかったはず。なぜなら、元売の看板で売っていて、失敗によって傷ついたブランドの回復には、元売も力を出していいはず。スタンドと元売とで、その費用をどう分担するかは、内部の問題だ。

 それがだめで、やっぱり新聞広告など出すお金が出ないというなら、たとえば自分たちでチラシをまいて歩く手だってあったはず。駅頭に立って頭を下げていれば、市内のかなり多くの人々に気持ちは伝わったはず。あるいは、駅に掲示を出すなら、新聞広告よりは安くすんだはず。いろいろ手はあったはずなのに、そのスタンドがどのような反省をし、どんな対策を打ったのか、少なくとも私や近所の家の人たちは知らない。あれだけの騒音と恐怖で眠れない夜を過ごすことを強いられたのに、「ごめんなさい」の一言が伝わってこない。

 それよりまた何年か前、車で細い道をゆるゆる走っていたら、反対側からそのスタンドと同じ元売のロゴのタンクローリーがやってきた。すれ違うことができないので、私は気を利かせて脇道にバックで入って道を譲った。ところが、このタンクローリー、同じのろのろ運転を続けて、一向に私の車の前を通り過ぎない。普通、譲ってもらったら急いで通過して、軽く手を挙げて挨拶していくもの。見知らぬ人とそういう気づかいのやりとりができるのも、車を走らせる醍醐味の一つだ。でも、そのタンクローリーの運転者には、そういう心得がなかった。

 数分後、やっと私の前を通り過ぎるとき、タンクローリーの彼は私の顔を見下ろして行った。向こうの車高が高いので、物理的にそうなって当然なのだけれど、その顔、こちらに向かって「ばーか」と言っているかのような、ものすごーく、嫌な顔だった。口の中にかみ砕いたゴキブリを含んでいるような顔のまま、こちらを見下ろしながら、じわーっと通り過ぎて行った。

 だから、ポリタンクにガソリンを入れてしまった事件の一報を聞いたとき、あのタンクローリーと、問題のスタンドが同じ燃料店のものかはわからないけれど、両者は私の頭の中で自然に結びつき、「あのスタンドならやりかねない」と思った。そして、ついにお詫びや反省などが伝わって来なかったことについても、「さもありなん」と感じた。所詮はそういう人たちなのだと、個人的には今も感じている。

 今年も、そのスタンドと同じ元売のロゴのタンクローリーが、大音響で音楽を鳴らしながらやって来る、はずだ。今年もきっと、うちの前に何分も停車するだろう。道路は物品を売る場所ではないので、これは本来は道路交通法違反で、警察署の許可が必要。しかし、許可を取っているにしても、道路の本来の使い方から逸脱していることには変わりない。そもそも、うちの前は駐車場の出入口だし消火栓のそばなので、駐停車違反は免れない。アイドリング禁止を定めた条例には明らかに違反。音楽の騒音も、市の条例に(少なくとも精神には)反する。

 だいたい、あのような危険なものを民家が建ち並ぶ道路で、路上で詰め替えていいのだろうか。警察署が営業許可を出すことには、少なからず疑問がある。そこに車が突っ込んで来たら、どうなるの? 地震になったらどうなるの? それやこれや考えれば、少なくともこの平成の御代に許容される商売のあり方とは、到底言えないのではあるまいか。

 何にせよ、私にとって灯油の移動販売をする事業者も、それを許している元売も、「法令順守」「コンプライアンス」「CSR」などという概念は薬にしたくもない人々にしか見えない。一方に真面目で一生懸命なスタンドや燃料店はあるし、実は法律に違反しているかもしれない各種の移動販売を営む人にもさわやかで心遣いがにくい人はたくさんいるので、なおさらそう感じる。

 石油ストーブを作っているメーカーが、彼らの非道の是正に向けて積極的な働きかけをしているらしく見えないことも、はなはだ不満だ。

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