食べ物記者 齋藤訓之

農業、食品、外食に関するビジネスの記者・編集者、齋藤訓之(さいとう・さとし)のWebサイトです。

ぼくのちちはぼけです。ぼくもぼけます

[caption align="alignright" width="150"] 「アルジャーノンに花束を」[/caption]

 昭和一桁生まれの父は、今、頭の中で図形をうまく把握できない。だから地図を理解できない。それでよく道に迷う。

 病院では、アルツハイマー型痴呆と診断された。母は、十数年処方されていた血圧の(強い)薬が悪かったんではないかとため息をつき、息子は介護が必要になったときにどうするかを考え始めている。

 嫌味ったらしいので詳しく書かないが、父は元は教師で、頭が切れて、息子にとっては自慢の父ちゃんだった。小さい頃は、この人にわからないことはないんではないかと思っていた。

 その父が、迷子になって一晩野宿して警察に保護されて翌日母なり息子なりが迎えに行くなんていうことを、もう何度も演じている。

 食事中、同じ長い話を繰り返すなどはざら。

 孫が父の専門の分野のことで質問しようとすると、「もうガッコの先生じゃない」と断る。正しく答える自信がないらしい。

 息子の妻の父上とはほんの十年ほど前、結納の際に初めて会ったのだが、もう数十年来の旧友のつもりでいる。

「街で私とばったり出会ったとき、私のことわかるかしら?」と息子の妻。恐らくわからないんではないかと憂う息子。

 機嫌がいいと話すのは働き盛りに活躍したときの自慢話、学生時代の話、そして戦時下の子供の頃、学校で授業がなくて畑仕事ばかりやらされた話、大人の自転車にまたがって夜明けに釣りに出かけるとき、朝日が恐ろしく見えて目をそらしながら走った話、などなど。

 何も知らない、何もできない赤ん坊が、やがてこざかしい少年になり、学校を出て、先生などになり、多少尊敬もされて、そして勉強のことに自信をなくし、地図を読めなくなり、図形を把握しなくなり、この先やがて何もできない、何も知らない老人になっていくのだなと思う。

 人はみな、「アルジャーノンに花束を」のチャーリイなのだなと思う。

 父の口癖の一つは、悲しい話を聞いた時に吐き捨てるように放つ「せつないなぁ」という一言なんだけれど、あんたがいちばんせつないよ、父ちゃん。

 ぼくもまた、「せんせになり、たしょそんけもされて」いがいのところはぜんぶ、ちちとおんなじになるだろなあとおもうと、こわいです。でも、しょがないです。それがにんげんなだだとおもからです。

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