食べ物記者 齋藤訓之

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坂東眞砂子の子猫殺しがいけない理由はない

[caption id="attachment_1244" align="alignright" width="192"]死ぬな 死ぬな[/caption]

 子猫殺しの坂東眞砂子を、ポリネシア政府が訴えると聞く。法的な手続きは粛々と進めたらいい。ただ、法廷闘争が始まることをきっかけに、非常に大切なことが忘れられないか、心配する。

 生き物を殺してはいけない。生き物を食ったり、体を何かの役に立てることは許される。しかし、そうした事業とはかかわりなく、生き物を殺してはいけない。

 なぜ? このことに理由などない。飼い猫を殺してはいけない。生まれてきた赤ちゃん猫を殺してはいけない。ただ、それだけだ。坂東眞砂子が繰り返したおぞましい所業は、法廷で裁かれるか裁かれないかとは別に、約束ごとではなく、人が頭で決めたことではなく、とにかくやってはいけないことなのだ。

 国家や自治体が誰かを裁くには、理由と手続きがいる。しかし、人の心にあるべき真・善・美には、理屈も行政的手続きも関係ない。法律や理屈とは別のレベルにあるものだ。そのことに照らせば、人間一人ひとりが、坂東眞砂子がしでかしたおぞましい所業を評価するのに、理屈も理由も何も必要ない。坂東眞砂子が理屈を弄して自分がしでかしたことの正当性を説明しても、裁判官以外の我々は、そんなことにいちいち耳を貸す必要はない。

 誰がなんと言おうと、飼い猫が生んだ子猫をほいほい殺すようなことはしてはいけないし、そんなことを平気で繰り返すような人間に公器での連載を行わせ、かの禍々しい説を“わが社の主張ではないから”とそのまま掲載してしまうようなことは、おかしい。このことを家畜や害虫に対する我々の行動と較べることも、おかしい。この「おかしい」に理由はない。理由がなければ「おかしい」と言うことがおかしいと考えることも、おかしい。おかしいと言ったらおかしい。

 理屈は大切だ。しかし、世界はモノと理屈だけでできているのではない。そんなこともわからないような人間に、小説やエッセーを書く資格はないし、それを取り扱う仕事に就いている資格もない。断じて、ない。

「言論弾圧になる」だって? 心と、生命と、言論を、なめるな。

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