食べ物記者 齋藤訓之

農業、食品、外食に関するビジネスの記者・編集者、齋藤訓之(さいとう・さとし)のWebサイトです。

ハロウィン・函館の七夕、子供・神様

[caption id="attachment_1245" align="alignright" width="192"]かぼちゃ大王 かぼちゃ大王[/caption]

 ハロウィンの話を初めて知ったのは、たぶん子供の頃NHKでやっていたスヌーピーのマンガで。夜、チャーリーたちがいろいろな扮装をして町を歩く様子を見て、「七夕とおんなじだ」と思った。

 全国の大半の方は、「なんであの欧米の仮装大会が日本の七夕と同じ?」と思うはず。でも、函館の人なら、すぐピンと来る。三十数年前、私が毎年経験していた函館の七夕祭りはこんな風だ。

 7月7日の何日か前、子供は文房具店で竹笹を買って来て、あるいは近所の湿地などから刈って来て、短冊に願いごとを書いて、笹飾りを作る。それは、他の多くの地域と同じ。

 当日、日が暮れると、子供たちは提灯のろうそくに火をともし、それとビニール袋を持って外に出る。近所の子供たちと連れ立ってその辺を練り歩く。ぞろぞろ、ぞろぞろ。

 家の一軒ごとに、皆で押し寄せる。そして、門口で一斉に大声で唱える。

「竹に短冊 七夕祭り おおいに祝ぉ ローソク一本 ちょうだいな」

 すると、その家の玄関にぽっと明かりがつく。ガチャっと扉が開いて、家の人が顔を出す。

「はーい。……何人?」

 子供たちが人数を言うと、家の人は玄関先に用意しておいたロウソク箱から人数分のろうそくを取り出し、子供たちに配る。仏壇に飾るようなろうそくだ。子供たちは「ありがとうございます」か何かをゴニョゴニョ言いながら、それを手にしたビニール袋にポイと収める。

 これを次々続ける。

 スタートは19時くらいからか。21時には、ほとんどの子供が家に帰り着いている。そのせいぜい1~2時間で、ビニール袋はろうそくでいっぱい。

 使い道なんかない。ただ集めただけだ。仏壇がある家はお灯明に使うこともあったろうが、私の家には神棚も仏壇もなかったので、ろうそくの袋はそのまま物置に直行するだけだった。

 アメリカのハロウィンでは「Trick or treat!」(なんかくれないといたずらするよ)と言って、菓子をもらって歩くなどという話がテレビで紹介されたり、英語の教科書に載っていたり、そうしたこともあって、私が小学校高学年になった頃は、七夕でもお菓子をくれる家が現れてきた。

「竹に短冊 七夕祭り オオイヤイヤヨ ローソクくれないとカッチャクゾ!」(カッチャク=ひっかく。函館の方言)

 ……なんて、わけのわからない替え歌(?)が広まったり、あの頃、地元紙の北海道新聞のコラムに“その歌の方が本式”などという妄説が記されたりしたのも、ハロウィンの影響かも知れない。

 函館の七夕の起源は、私は未だによくわからないままだが(北海道の他の地域や本州以西にも、ひょっとして同じ行事があるのかしらん)、恐らく亥の子行事の変形なのではないか。

 子供は、まだこの世に魂が定まっていない、この世とあの世の中間にいる存在なのだろう。七夕でも亥の子でもないが、「遠野物語」によれば、遠野では子供たちが寺の仏像を持ち出して、ひもをくくりつけて引きずり回す遊びをすることがあったという。大人がそれを見てとがめると、その大人に必ず罰が当たったという。それは、その遊び自体が神の仕業だったからだろう。

 そんな存在である子供たちが、祭りの日に神として振る舞う。夜陰に提灯の明かりが低くうごめく様は、不思議な世界からやって来た魂(たま)そのものにも見える。その神秘的な光景は、ハロウィンでも同じなのだろう。

 大人が商売と酒盛りのネタにハロウィンを流行らそうとしても、この種の祭りの真髄が抜けているから、どうしてなかなか定着しない。

【追記】

 七夕に子供がろうそくをもらって周る行事は、北海道の他の地域にも広がっているとのこと。江差にもあり、恐らくは古く松前か江差から始まった行事では。

「妄説」と書いたものの、「オオイヤイヤヨ」はネブタのかけ声からとする説がある由。ねぶたなら「ラッセーラー」、ねぷたなら「ヤーヤドー」しか知らなかったが、青森県の友人に尋ねてみたい。

「カッチャクゾ」の脅し文句は、「ちょうだいな」の後に「くれなきゃ……」と付けて言う式もあった。脅し文句が付いたロングバージョンが古くからあったとも考えられる。

 ……面白くて止まらないや。

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