食べ物記者 齋藤訓之

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すぐ頭を下げる日本人、謝れない外国人

「ごめんなさい」「ふん」

「ごめんなさい」「ふん」

 少し前のことになるが、3月13日に全日空のボンバルディアDHC8-400型機が高知空港で胴体着陸した事故で、カナダのボンバルディア社の副社長が早々に来日。16日には国交省を訪ね、記者会見で「多大なご迷惑とご心配をおかけしました」と、頭を下げて謝罪した。

 着陸時に前輪が出なかった事例は他にも複数あったとは言え、今回の原因がまだ調査中という段階だ。昨年、都内のマンションでのエレベーター事故に際して、当初シンドラー社幹部が全く頭を下げなかったことに比べると、非常に対応が早かった。また、欧米人が人前で頭を下げることは自国ではまずないことだろうし、「謝罪する」という言葉を使うのも、法的な問題を考えて慎重になるのが普通だ。異例のことに違いなく、日本市場に対しての特別な配慮なのだろう。

 日本市場では、ことがあったとき、すかさず「すみません」「ごめんなさい」と頭を下げる人たちを“まともな人たち”と見る一方、そうしない人たちを“おかしな人たち”と見る傾向がある。そのことに気付いていたか、助言を受けたのだろう。

 日本人はすぐ謝る。この癖が、が外交上不利に働いたことはたくさんある。個人のレベルでも問題を悪化させる例は多い。自動車の免許を取った際、交通事故に際して、まず発すべき一言は「大丈夫ですか?」「ケガはないですか?」であって、「すみません」「ごめんなさい」ではないと、先輩たちから教わったものだ。しかし私なら、つい「すみません!」と言ってしまいそうだ。その一言が、後の交渉をこじれさせると言う。

 日本人は、どうしてすぐ謝るのか。

 昨今は、企業の不祥事で、経営者たちがカメラの前で頭を下げる姿をよく見る。以前、カメラマンの新藤健一氏の著書「映像のトリック」で、あれはマスコミに対して頭を下げているのであって、個人の責任を感じて謝罪しているのとは違うとの指摘を読んだ。カメラに頭を下げているわけだ。

 では、なぜ頭を下げているところを見せたくなってしまうのだろうか。また、カメラがない場合でも、「すみません」などと言ってしまうのはなぜだろうか。前後の状況から考えて、どう見てもその人は悪くないという場合でも「すみません」「ごめんなさい」と言っている人は、日常たくさん見かける。

 金文学氏の近著「島国根性 大陸根性 半島根性」によれば、レストランで皿を割ってしまった場合、日本人はすぐに「すみません」と言い、韓国人は「今日は運が悪い」と言い、China人は「この皿は運が悪い」と言うという。ことを荒立てず、穏便に済ませようというのが日本人の考え方で、決して自分の非を認めないのが陸に国境を持つ国の人々の考え方だという。

 私は、日本人が「すみません」「ごめんなさい」と頭を下げているのは、実は相手に謝罪しているのかどうか、少し疑っている。つまり、いわゆる“当事者甲”が“当事者乙”に非を認めているというのとは違うのではないか。

 思うに日本人は、何か困った事象が起こった場合、そのような不幸な出来事にかかわるに至った運命の中に身を置いていること、そのような因果の中にある我が身について恐れ入っているのではないか。相手がいようといまいと、自分が法的に勝ち目があろうとなかろうと、日本人はまずいことがあれば恐縮するのだ。そのとき口からこぼれてしまううめき声が、「すみません」「ごめんなさい」のように思える。

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