食べ物記者 齋藤訓之

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鳥取砂丘へ急いで

[caption id="attachment_1270" align="alignright" width="192"]らくだ。あのときはらくだだっていなかった らくだ。あのときはらくだだっていなかった

 もう20年ほど経つのか。出張の折、鳥取砂丘を訪ねた。

 うどん屋さんの取材だったと思う。何月だったか。夏の終わり、秋の初めぐらいだったか。取材を終えたのが16時過ぎ。店を出ると、外はまだ明るかった。

 明日は午前の便で東京に戻らなければならない。子供のころから一度は見てみたかった鳥取砂丘。今急いで行けば、日が暮れる前にちょっとでも見れるかもしれない。

 そうだよ。

 目の前にいたタクシーに飛び込む。

「運転手さん。鳥取砂丘につれて行ってください!」

 50代後半ぐらいの運転手さん。私が出張で来ていること、ひと目砂丘を拝んでおきたいこと、そのあたりの気持ちをすぐに見抜いてくれた。

「うん。間に合うでしょう。すぐですよ」

 そう言って、少しアクセルを踏み込んでくれた。そして、少し上り坂になって行く道をぐんぐん進みながら、砂丘についていろいろなことを話して聞かせてくれた。地理的な話題、地質学的な話題に加えて、文学的な話題も。

「有島武郎が来てね、寂しい句を残して行っていますよ。人をね、寂しい気持ちにさせる場所なんでしょうね」

 砂丘がある鳥取を大事に思っている様子、寂しい所というのがちょっと寂しいと思っている様子、そんな気持ちが伝わってくる。

 でも私はと言えば、国文学をやったとは言え、記紀神話ばかり読み込んでいて、近現代はからきし苦手だった。しかも、やっと砂丘が見れるというのでルンルン気分。せっかく話してくれているのに、頭の中は「どんな景色かなー」ということばかり。

「さあ。ここから歩いて行けますよ。待ってますから、行っていらっしゃい」

 前払いしなくていいかとか、荷物は置いて行ってもいいのかとまごついていると、「いいから、いいから。大丈夫」と言ってくれる。

 ではと車外へ飛び出した。絵に描けば、頭から音符マークがいくつも飛び出しているような気持ち。アスファルトの道を小走りに進むと、すぐに砂丘の入口だった。

 砂の急斜面をすたすたと駆け下りる。坂が終わって振り向くと、入口あたりの景色は見えなくなっていた。上のほうに、いくつか枯れたように見える木がある。誰もいないスキー場のように、風の匂いだけを感じる景色。

 前はずっと砂原。誰もいない。鳥も飛んでいない。四方を見渡しながら、注意深く立ち位置を選ぶと、人工物も立木も海も見えない、砂と空だけの場所になった。

「火星って、こんな景色かな」

 などと考える。

「行ってみたいな、火星」。

 しばらくそうして立っていた。

「すごい」

 夕方のことで、風も凪いできたらしい。音もない世界になった。そして、運転手さんの言っていたとおり、なるほど寂しい気持ちが襲ってきた。おおいかぶさるように、まさに“襲う”という感じ。

「帰ろうか」

 一人で呟きながら、革靴を降りてきた坂の方へ向けた。でも急がない。

 運転手さん、メーターを止めて待っていてくれた。お礼を言って、ホテルへ向けてもらった。

 出張の寄り道の中では、あのほんの20分程度の時間が、恐らく最高に印象深い。ふと感じたあの寂寥感、もっと深く味わってみたいなと思った。

 その1年後の夏か。このブログにコメントをつけてくれるキースの車で、瀬戸内→山口→鳥取とぐるり周遊するということをやった。秋芳洞を見物したのは、そのときが初めて。キースは「砂の器」ファンなので、亀嵩駅(「砂の器」の碑がある)がクライマックスとしていた。

 私はというと、秋吉台の後は頭の中が鳥取砂丘ばかり。早くまたあの荒涼とした景色が見たい見たいと念じていた。

 ところが。世の中は夏休みの真っ最中だった。あのときタクシーを降りて向かった砂丘の入口に立って、私は絶句した。砂丘いっぱいに家族連れが充満し、そこここにパラソルの花が咲いている。ヒロ・ヤマガタの絵を見ているようだった。砂浜の巨大化した海水浴場のようで、あとは海の家さえ建てればというにぎやかさ。無人のスキー場も、火星も、全くの幻。「はあ」とため息を吐いて、引き返したもの。

 二度ともに、有島の句碑は見ないで来てしまった。探してみると、運転手さんが言っていたのは、この句であるらしい。

 浜坂の遠き砂丘の中にしてさびしき我を見いでけるかも

 おっしゃるとおり。

 しかし、これを詠んだひと月後に人妻と心中と。感心しませんな、有島さん。享年45歳。今年私はその年になる。

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