食べ物記者 齋藤訓之

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七草はコトを食べる

 今日は七草。Chinaでは1月7日を「人日」と言うそうで、正月1日~6日に獣畜について占い、7日にやっと人のことを占ったのだとか。その日に7種類の野菜の入った羹(あつもの)を食べたとのこと。

 日本では古来、この前後に鳥追いの行事や子供を主人公とする行事があった。鳥は地上から天へ向かう魂を象徴する。子供はまだ半分この世の人にはなり切っていない、あの世とこの世の境界に立つ存在だ。1月の初旬とは、そうした天と地、あの世とこの世を結ぶ祭りの時期だったのだろう。そして、7日間というのは「お七夜」はたまた「初七日」と同じく、魂が固定するためのマジカルな日数だ。そうした意味のある日に、強い生命力で寒風に耐える野草を摘んで口に入れる習慣は、恐らくは大陸から「人日」が輸入される以前からあったのだろう。

 かつては七草の行事の内容、春の七草とされる植物の種類、ともに全国各地でさまざまだったが、現在は商業がこれらをインテグレートするに至っている。その場合で言う七草とは、せり、なずな、すずな、すずしろ、ほとけのざ、はこべら、ごぎょうを指す。

 さてさて、商業がインテグレートなんて軽く言ってしまうが、生産者にとっては簡単な話ではない。せり(セリ)、すずな(カブ)、すずしろ(ダイコン)はまだいいとしても、はこべらはハコベ、ごぎょうはハハコグサ、なずな(ナズナ)はいわゆるぺんぺん草で、いずれも農家が目の敵にする雑草だ。ほとけのざはホトケノザという雑草ではなくて、タビラコというが、これも圃場に生えれば雑草には違いない。

 これら「雑草」を「栽培」するという不思議な仕事が、七草栽培だ。

 以前、農業ライターの榊田みどり氏に、七草栽培を手掛ける静岡県三島市の高木伸行氏という方のところへ取材に行って戴いた(「農業経営者」2005年5月号掲載)。横浜の仲卸の依頼を受けて、父・正勝氏が地域の仲間と始めたのが最初だそうだが、現在は家業の売上げの7割を占めるという。

 榊田氏の取材の後、彼女から聞いた話から――

 スタートの頃は、近所に自生しているものを集めて来て、家族でパック詰めという風だったのが、年々出荷量が増え、ついには「栽培」に踏み切ることになった由。

 ところが相手は雑草。当然種苗など売っていないし、栽培技術が研究されているはずもない。雑草など放っておいても生えるかと言うとそんなこともなく、種子は落ちて2週間も土と隔てて置けば死んでしまうと言う(けだし雑草対策を考える上では重要なポイント)。その保存方法に苦心したと言う。

 もちろん、こうした植物に適用できる農薬の登録があるかなどとは聞くまでもなく、マイナー作物どころの話ではない(普通は作物とさえ考えられていないのだから)。

 ものによっては、出荷予定量の3倍ほども播種するが、それでも7種のうち1種類は量が揃わないことがあるという。その節は、全国に何件かある七草生産者との間で融通し合うらしい。

 これだけ厳しい条件なのに、さらに厳しいのは、365日のうち、消費者にとって意味があるのは1月7日ただ一日だということ。12月24日に売れて、12月25日にもまだ笑いながら買ってもらえるクリスマスケーキより1日厳しく、2月14日用のチョコレートと違って正真正銘の生鮮食品である。

 これを1月上旬の数日間に14万パック出荷するというのだから、このマネジメントは並大抵のものではない。

 高木氏の言葉。「七草は家族が健康でいられるようにと思って買うもの。お客さんはモノだけを買っているわけじゃない。だから変なものは出せない」。

 素晴らしい。

 七草はモノではなくコトに属する商品なのだ。

 食べる文化があれば、食べ手がいれば、雑草とされるモノも、コトという商品になる。商品であるからには、それを扱うリテイラーと生産者にとってはビジネスになる。それが最もはっきり表れているものの一つが七草だろう。

 逆をやって「儲からない」と腐っている人も少なくない世の中、考えさせられる商品だ。

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