食べ物記者 齋藤訓之

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100万円の普段着

 知らないと大恥になるのに、日ごろなじみのない方面故に本当に知らないということがある。ときどきその手の情報に出くわしてはぞっとして、今のうちに知っておいてよかったと胸をなでおろす。

 その一つ。和服の話。

 紬(つむぎ)という織物がある。結城紬、大島紬などが有名だ。真綿(繭を引き伸ばして乾燥したもの)から手で細く糸を紡ぎ出し、その糸で作る丈夫な織物だ。工程を機械化できないため、非常に高価な品物。1反(幅約0.37m、長さ約12.5m)100万円とか。

 ところがこの紬、1反10万円ちょいで買える御召(御召縮緬。代表的な高級着尺)よりも格下になるという。10倍高くてその扱いというのは、ちょっと納得が行かない。

 なぜか。

 養蚕では、糸がうまく引けない屑繭というものが出る。糸がからまったり、サナギが羽化して穴が開いてしまったり、2個の繭がくっついてしまったり、そういうものは生糸を引く材料にはならない。

 しかし手塩にかけて育てた繭。捨てるわけもなく、これを伸ばして真綿にし、さらに糸を引いて紬を作った。江戸時代、絹織物着用が許されなかった農民にも、そうして作った紬は普段着として着用が許された。

 この歴史があるから、紬はどんなに高価になっても、高級品にはならない(以上、「男のきもの雑学ノート」の受け売り)。

 あなどれません、歴史。

 歴史を知らずして、ファッションなし。

 そう言えば、ニシンが獲れなくなって鰊御殿がなくなっても、ニシンは高級魚にはならなかった。ニシンは畑に撒く肥料として獲っていたもの(木綿栽培ブームで需要が増大した)。食卓に載るものとしての高級さが演出されたことはなかった。イワシもハタハタも、どれだけ希少になっても、高級な料亭の膳にはなかなか上るまい。

 商品の意味は実勢の価格とは無関係に、歴史的背景に、より大きなつながりを持つ。

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