食べ物記者 齋藤訓之

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「コロンブスの卵」はエレガントじゃない

[caption id="attachment_1494" align="alignright" width="144"]「卵」じゃなくて「壊れた卵」 「卵」じゃなくて「壊れた卵」[/caption]

「コロンブスの卵」は、あのコロンブス本人がやったことではないらしい。由来はさておき、この言葉、「誰にでもできる問題解決も、初めて解決してみせるのは難しい」という意味の故事成語の類。しかしこれ、本当に問題を解決しているんだろうか?

 卵をテーブルの上に立ててみろという問いを発し、卵のケツを割って立たせて見せたというのが、この慣用句の背景にあるストーリー。確かに卵は立ったように見えるし、問いにある条件(特にない)を破っているわけでもない。

 でもどうなのかな。テーブルの上に立って見える卵、実はその卵は「壊れた」のであって、「立った」のではないんではないかな。

 仮にそれを「立った」ということにしても、この解決、エレガントな解決とは思えない。子供たちには、この“解決”をすごいことのようには伝えたくない。何しろ、目的のためには手段を選ばないやり方だから。真・善・美よりも問題解決が優先するように考える習慣は身に付けてほしくない。

 夜、無灯火で自転車を走らせれば、足がラクあるいは電池代がウク。

 他人のカバンをひったくれば、金が手に入る。

 飲み物は紙コップに入れて売って、氷が入ったままゴミ箱に捨てる仕組みにすれば洗うコストがいらなくて儲かる。

 地震でつぶれるマンションを売れば儲かる。会社が儲かっているように見せかければ、またお金が集まる。値が上がりそうな株の話を人より先に聞いて、その株を買ってしまえば儲かる。

 どれもこれも、そんなの当たり前なことで、かつ、やってはいけないこと。やってはいけないことと言うよりも、くだらない。エレガントじゃない。

 卵を立てる方法、本当に感心するような解決は、「子どもにウケる科学手品77」に書いてある。この方法、何も使わないし、何も壊さない。使うのは、観察力の豊かな目と、器用な手、そしてよくコントロールされた精神、といったところか。

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