食べ物記者 齋藤訓之

農業、食品、外食に関するビジネスの記者・編集者、齋藤訓之(さいとう・さとし)のWebサイトです。

創発をめぐる冒険

[caption id="attachment_1505" align="alignright" width="144"]近代と前近代が重なって一つの絵になる(東京・芝) 近代と前近代が重なって一つの絵になる(東京・芝)[/caption]

 昨年来取り組んできた「創発するマーケティング」が、このほどやっと発行の運びとなった。井関利明先生、山川悟先生、新井範子先生、高橋誠先生、上原征彦先生、中麻弥美先生、薬袋貴久先生と執筆者の多い本で、当初、DNP創発マーケティング研究会と日経BP企画から企画段階から編集の最後までお任せいただいたものの、最後は日経BP企画の国谷さん、池田さんの手をすっかり煩わせてしまった。皆様、本当にありがとうございました。

 それにつけてもこの本の編集、“知の(というと私にはかっこよすぎる言葉だけれど)大冒険”だった。大学時代、フランス語の先生からいただいた言葉を思い出す。「君たちね、本当に面白いことは、勉強しかないって、分かるよ」まさに、まさに。

 出来上がったこの本、アカデミックでちょっと取っつきにくいかも知れない。読んでも、スラスラとは読めないかも知れない。でも、膝が震えるほど楽しい時代が来ていて、その中に僕らは住んでいるっていうことが伝わればと思う。

 慶應義塾大学の総合政策学部、環境情報学部、つまりSFC(湘南藤沢キャンパス)創設の立役者、井関先生のお話は、神話の終盤で Old Wise Man に山上から世界のありさまを一望のもとに示してもらうような体験だった。古代から近代、そして21世紀に入った現在まで、それぞれの時代の知識や情報のやりとりの方法の変遷を教わった。

[caption id="attachment_1506" align="aligncenter" width="144"]詳細な設計図はなく、職人が互いに影響し合って作った建築(西本願寺唐門) 詳細な設計図はなく、職人が互いに影響し合って作った建築
(西本願寺唐門)[/caption]
[caption id="attachment_1507" align="aligncenter" width="144"]詳細な設計図に基づいて、計画的に作られた建築(米国ボストン) 詳細な設計図に基づいて、計画的に作られた建築
(米国ボストン)[/caption]
[caption id="attachment_1508" align="aligncenter" width="144"]詳細な設計図はなく、職人が互いに影響し合って作った船舶(御朱印船/模型・国立歴史民俗博物館) 詳細な設計図はなく、職人が互いに影響し合って作った船舶
(御朱印船/模型・国立歴史民俗博物館)[/caption]
[caption id="attachment_1509" align="aligncenter" width="144"]詳細な設計図に基づいて、計画的に作られた船舶(戦艦大和/模型・大和ミュージアム) 詳細な設計図に基づいて、計画的に作られた船舶(戦艦大和/模型・大和ミュージアム)[/caption]

 そして、グーテンベルクのアルファベットの活字の開発から、今からつい数年前までの“近代”と、他の時代(近代の前と、その後つまり現在から未来)では、全く違うということを丁寧に説明していただいた。その、近代以前と現在から未来の社会が創発(emergence)※社会。創発社会は、閉鎖的な組織、計画、計画遂行の評価によって人々が動いた近代社会とは全く異なる。

 創発社会では、人々は、面白そうだけれども、それが何であるかは誰も知らない“マジックワード”に出会い、それを探し、あるいは作り、現実に見てやろうという衝動から行動を始める。そのマジックワードをもたらすのは、たいていの場合“よそ者”だ。そして行動を起こすのは、立場の異なる人々で、ひょっとすると仲の悪い者同士であったりもする。当然、みんなが一つの組織に収まっているという、そういう人たちではない。

 その関係のなかった人同士の活動から、誰も想像していなかった、まして計画などしていなかった、予想を上回る結果を得る。そして、そこに新しい関係が出来る。

 そう教わってみると、昨今注目される事柄や商品の多くが、確かにそのようなプロセスから生まれていることが分かる。

 その創発社会を象徴する話として、井関先生が選んだのが、「ストーン・スープ」の民話。ジョン・J.ミュースが作った絵本 Stone Soup の邦訳「しあわせの石のスープ」を入手したが、これも温かで面白い話。ただし、井関先生からは、マジックワードである「ストーン・スープ」に「しあわせの」と付け加え、結果の評価を限定してしまった邦訳のタイトルはけしからんとのことだった。

 また、創発社会の担い手は、ブルー・カラーでもなく、ホワイト・カラーでもなく、ノー・カラー(no collar)であるクリエイティブ・クラス(リチャード・フロリダ「クリエイティブ・クラスの世紀」)で、彼らが持つ資質は、ダニエル・ピンクが A Whole New Mind(邦訳「ハイ・コンセプト」)で言う「六つのセンス」だと指摘する。

 山川先生、新井先生の原稿では、近年のヒット商品、サービス、それらのマーケティング、インターネット上での人々の行動などさまざまな事例を掲げ、今、確かに創発社会が訪れていることを強く印象付ける。そして高橋先生の原稿では、ブレーンストーミングなどの創造技法が、まさに創発を誘発するものだと理解できる。

 上原先生、中先生、薬袋先生のチームでは、最近の事例として街のコンシェルジェ、ヤマハ、ハーレーダビッドソンジャパンを取り上げ、特に、創発が立場を超えた人々の行動によって生み出されていることを理解させる。おそれ多くも、その執筆担当者の一人に私を加えていただけたことは、文字通り身に余る光栄で、思い出に残る仕事になった。

 これだけの執筆者がいるので、章、節ごとにどうしても調子や用字を揃え切れない。しかし、それも創発的な本のスタイルかとも思う。知識と情報の運動を止め、紙の上に固定し、著作権という権利まで生み出して財産としてまで固定するプリントメディアの代表たる書籍というもの自体が、創発とは対極にあるとは井関先生のご指摘。とすれば、この本の続きは、それぞれの先生の今後の研究、授業、講演、そして読者の実践によって示されることになるのだろう。

 ちなみに、これも井関先生のご指摘。上記のような特徴を持つプリントメディアにかかわる世界有数の規模の印刷会社である大日本印刷と、計画達成型社会を支えてきた批判すべき点が多々ある経済学、その経済学で言うマーケット(それは market の本来の意味とは違うと井関先生)の申し子とも言える日本経済新聞社のグループ企業が、近代社会の終焉を意味する創発の本を出すというところが面白く、意義も大きいとのこと。

 それにつけても、私はと言えば勉強不足など至らないことばかりで、先生方のお手を煩わせ、心配もおかけし、ご不快な思いもさせたはずと、出来上がって届いた本の山を見て恐縮するばかり。DNP創発マーケティング研究会、日経BP企画、そしてそして、取材をさせていただいた皆様にも全く同様のことで、さらに恐縮。本当にありがとうございました。

※創発Wikipedia も創発的に出来ている。なので、創発の説明はそちらに譲る。

※このページに掲載の写真は「創発するマーケティング」に収められているわけではありません。

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