食べ物記者 齋藤訓之

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広告の鬼にかまをかける

柳田國男が使った部屋。先生はどんな質問をしたのかな

柳田國男が使った部屋。先生はどんな質問をしたのかな

 1984年創刊の「日経ベンチャー」が、次の4月号から「日経トップリーダー」に誌名を変える。その中で担当させていただく新しい連載の一つが、「鬼十訓」に関するもの。それで、電通中興の祖にして広告の鬼、吉田秀雄さんのことを調べていた。

 この人の人物像が最初に紹介されたのは、私などが生まれる前に出た“赤い本”であるという。まさか今日手に入るまいと思っていたのだけれど、今手もとにある。その名もずばり、「広告の鬼・吉田秀雄」(片柳忠男著、オリオン社)※。

 著者の片柳忠男さんという人は、画家で作家。この当時、オリオン社(かつて通信添削で私を苦しめてくれた会社と同じ会社だろうか)から面白そうなタイトルの本をずいぶん出している。「創意の人 正力松太郎」とか「評伝三波春夫」とかって、ね、面白そうでしょう?

 あとがきに面白いことが書いてあった。

 吉田さんは、「過去のことは一切ノーコメント」だった由。こういう人はいる。主義として語らない人もいれば、前しか向いていないので、過去に全く関心がなくて話しようがないという人もいる。でも、人は過去の結果としてここにいるわけで、それはどうしたって知りたいもの。

 まして、この片柳さんは、吉田さんの本を書きたい思いの一つとして、この人の庶民的な人柄を伝えたいと念願している。「吉田天皇」と呼ばれ、人を遠ざける風があるように思い込まれているのは違うのだという。

 それで、片柳さんはかまをかける作戦をとった。いや、ずいぶんと乱暴なかまだ。すなわち、
「あなたのお父さんは変死だそうですネ」
「あなたは女遊びはうまかったという話ですが……それで淋病を十回ぐらいもらったという話です……」
などなど。

 吉田さんが、どのように語るに落ちたかは、名誉にかかわることなので、軽々にここには書かない。しかし、効果はてきめんであったようだ。つまり吉田さんという人、裏表のない、まっすぐな人であったのだろう。

 片柳さんの、こういった話の引き出し方、人の話を聞くことをなりわいとするには、是非とも身に付けるべき技の一つなのだけれど、どうも私はこれが苦手。

 こちらが意図したわけでもなく、インタビューしている相手が語るに落ちることが、ときどきある。それですごい事実が露見してしまったときの相手の動揺、それを目の当たりにしている私の動揺、これはけっこうお互いの寿命を縮める。“手柄”のもととは言え、どちらかと言えば、嫌なもの。それを何とも思わなくなれれば、優れた記者ということになるのだろうけれど。

 一方、魔術に黒魔術と白魔術があるとして、かまをかけるにも、白いものはある。

 学生時代、民俗調査のフィールドワークをしたいくつかのムラの一つでの出来事。あれは、聞き書きを始めた最初の年だった。

 ある日、ムラの何でも屋さんの一つに入って飲み物を買い、その店のおばあさんと世間話で盛り上がった。これなら、昔の話が聞けそうだと思った。

 それで、「結婚式のことを教えてください」と尋ねた。生まれて死ぬまで、あるいは死んでからのあらゆる人生儀礼の手順を聞いて回っていたので、女性なら結婚式の話をと思ったわけ。

 ところが、そのおばあさん、それぎり口をつぐんでしまった。もう一度ねだってみると、本当に不機嫌そうに、こう言われてしまった。

「貧乏だったので、私は結婚式を挙げてもらえなかった」

 雷に打たれた思いだった。質問が人を傷つけることがあると、恐らく始めて知った。申し訳なさいっぱいで店を後にした。

 その晩、先輩が「ばかだな」と言って教えてくれた。そういうことはあるから、よく注意しなければいけない。女性に結婚式の話を聞きたいのなら、「いちばん楽しかった日のことを教えてください」などと聞くのがよいと。

 それから試してみると、確かにその質問では、ほとんどのおばあさんたちは結婚式の話をしてくれた。

「ペンは剣よりも強し」なんて言うけれど、口のほうがよほど恐い。

※吉田秀雄について最初に書かれた本は、正確には同じ著者による「広告の中に生きる男」で、これは読んでいないけれどもフィクションとして仕立ててあるらしい。
「広告の鬼・吉田秀雄」は、それをもとに伝記として書かれたもの。著者は、後者が前者の焼き直しに見えるかもしれないことの了承を乞いつつ、「これから誰が吉田秀雄伝を書いてもそうなると思う」とクギを刺している。その自負がまた素晴らしい。

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