当て逃げ

壊れた世界

一昨年。都下の駅裏の商店街で妻が自転車に乗ろうとしていた折、若い男の乗った自転車が猛スピードで突っ込んだ。後輪のカバーがひしゃげた。苦情を言うと、「おめえがぼっとしてんだろ!」と、あさっての方向へ向かって叫びながら、男は逃げた。

 昨年。四ツ谷の有名な大学の横を歩いていた僕の右足のアキレス腱に、後ろから来た若い女の自転車の前輪が乗り上げた。振り返ると、女は僕の横を無言で通り過ぎようとする。「何も言わないで行くのか?」と問うと、女は自転車を漕ぎ出しながら振り向き、立小便を教師に見咎められた小学生の男の子のように顔をゆがめ、その顔のまま逃げた。

 昨日。家の近くの丁字路。優先道路を直進していた小学生の子供の自転車に、安全確認なしで飛び出して来た若い女の自転車が突っ込んだ。子供は自転車から放り出されて道路に手を突いた。女は実に不愉快そうなふくれっ面で、けれど小声で「ごめんなさい」までは言えたと言う。一緒にいた妻が、一旦停止して安全確認すべきではなかったかと質すと、女は実は何も起こらなかったとでも言うように現場を捨てて、逃げた。

 かくして、うちは家族全員が、当て逃げ・ひき逃げという重大犯罪の被害者となった。

 社会生活を送れない人間が文明の利器に乗って走り回っている。誰かが彼らを、そういうものに育てた。誰かが彼らに、言葉を教えることなく、更生を促すことなく、小遣いだ給料だと言って日々金品を与えている。

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