私とANA全日空――出会い、あこがれ、絶縁、再発見または和解 VI

雪が去り、雲が晴れる。 想う伝える
雪が去り、雲が晴れる。

昨年の11月、ハーレーダビッドソン ジャパンの「長崎ハーレーフェスティバル」の取材で、長崎に行った。このときも、最初日本航空で行こうとしたのだけれど、スケジュールから考えて午前中に飛ぶ便で長崎入りすべきと思い直し、“やむを得ず”全日空の便を取り直した。

雪が去り、雲が晴れる。

雪が去り、雲が晴れる。

 久しぶりに乗った全日空機に、何の感慨もなかった。他の会社の飛行機と同じように、いつものように乗り、いつものように大人しくシートに収まった。そのまま、何も感ずることなく降りるはずだった。

 頭の中は、ハーレーの奥井俊史社長(当時。昨年末で退任され、現在は最高顧問兼ハーレーダビッドソン ジャパンファミリー総合トレーニングセンター長)の言葉でいっぱいだった。特に、奥井社長の「お客を『囲い込む』ことなんかできない。それは不可能だし、そもそもそんな失礼な発想がいけない。できることは『絆』を作ること」という話が、わかったようで今一つ実感としてつかめず、そこを記事でどう書いたものかと悩んでいた。「囲い込み」と「絆」。それぞれ具体的にはどんなことを表し、どのように違うものなのか……。

 飛行機からはいつものんびり降りる。着陸して飛行機が停まった後、貧乏くさく出口へ急いだり、ほかの乗客が歩いている間に割り込んだりするのが嫌で、機内がほぼ空になるまでシートに座っているのが常だ。

 その日、機内にはとても気持ちのよい音楽が流れていた。ふーんと思いながら、機内のプロジェクタを眺めると、ビデオが流れている。

 観ていて、動けなくなった。

 飛行機の整備をする人たち。フライト前にブリーフィングをするパイロットやCA(客室乗務員)たち。空港でいろいろなお客を案内する人たち。荷物を積み込む人たち。彼らを、けれんみのないカメラワークで、淡々と追っている。

 みんなが笑っている。感激して泣いているスタッフがいる場面もある。誰かが駆け出した。何か、「どうしても!」ということがあったらしい。コールセンターや、スーツ姿のほかの持ち場の人たち。そして、地上から手を振る人たち……。

 そう。手を振ってくれなくちゃ。

 バイオリンの曲がいい。ひたむきさとか、ともすれば退屈になるかも知れない毎日を淡々と、大事に過ごすような様子を連想させる曲。そして、穏やかな誇らしさと、ところどころに控えめな華やかさも伝える。

 私はあの人たちを知っている。直接“誰さん”と知らなくても、知っている。子供のころから見てきた全日空の人たちは、この人たちだった。事実かどうかは知らない。でも、私が知っている全日空の人たちは、あのようだった。

 空港に遊びに行ったとき、初めて飛行機に乗ったとき、出張でくたびれて眠っているとき、フライトに遅れそうになって声をかけたとき、初めて赤ん坊を飛行機に乗せたとき、あの人たちに親切にしてもらった。

 ほかの乗客が足早にどんどん降りていくなか、私は呆然とビデオを観ていた。

 ごめんね全日空。

 あなたがたはそうして、ずっといたんだ。私がパイロットをあきらめたり、就職活動をしなかったり、マイレージでああだこうだ右往左往している間も、ずっと全日空をやっていたんだろうな。

 とかなんとか思いながら、不覚にも涙がこぼれそうになってあわてて出口へ向かった。

 12月、今度は宮崎の農業関係の取材でまた飛行機に乗る。このとき、迷わず全日空を選んだ。去年、福岡空港でキャンペーンをやっていたのにつかまって日本航空のマイレージカードを持っているのにもかかわらず。

 もう一度、あのビデオを観たかったんだ。

飛ぼうね。

飛ぼうね。

 ところが、着陸後に流れたのはクリスマスソング。プロジェクタには、ありがちなクリスマスらしい映像が映し出されていた。季節だからしかたないかと思いながら、思い切ってCAに尋ねてみた。CAに話しかけたことなんか、今までほとんどなかった。

「飛行機が着陸した後、いつも流しているビデオがありますよね」

 彼女は、私が何を言っているのかすぐにわかってくれた。

「あのビデオ、大好きなんです。観ていると、ジーンとくる」

 CAの顔が、ぱっとうれしそうに輝いた。乗務員もみんながあの映像を気に入っていて、誇らしく思っている様子がうかがわれた。「そうでしょ?」ときいたわけではない。でもきっと。

「来月また飛行機に乗りますが、あのビデオは流れますか?」

 今月はクリスマスの映像を流しているけれど、来月はまた流すと教えてくれた。私がとても楽しみにしていると言うと、彼女はとてもうれしそうに「(社の者に)伝えます!」と言ってくれた。

 家に帰って、つれあいにその話をしたら、彼女もそれを観てみたいと言った。CAとのやりとりを話すと、「いいことをしたね!」と言ってくれた。自分のために質問しただけで、いいことなんかしたつもりはない。けれど、彼女がそう言ってくれたので、またうれしくなった。

 1月に乗った飛行機で、確かにその映像は流れていた。うれしくて、また乗客が全員いなくなるまで観ていた。

 促されて降りるとき、「いい曲ですね。オリジナルですか」と尋ねると、葉加瀬太郎の曲で、以前はCDを機内販売もしていたとのこと。「ビデオは、インターネットでも観れるんですよ」と教えてくれた。

 出張先で調べると、ANA機内ブランドビデオのページを発見できた。「TEAM ANA あんしん、あったか、あかるく元気!」というのが、ビデオのタイトル。ブランド・メッセージであるらしい。曲は葉加瀬太郎の「Another Sky」という曲で、もう何年も前から使われている由。この曲、このビデオが好きとブログに書いている人が幾人も見つかって、またうれしくなる。読ませてもらいながら、そうですね、そうですね、とうなずく。

 寝る前に、ひとりでビデオを観た。仕事を一生懸命やっている人がいちばんかっこいい。そういう人を見たり出会ったりするのが好きなんだなと思う。そしてもう一度いろいろなことを思い出して、誰もいないことをいいことに、ぼろぼろ涙を流して泣いた。

 ハーレーの奥井社長が言っていた「囲い込み」と「絆」の違いは、はっきりとわかった。かなり。私は「絆」を恢復して、また全日空を選んだのだ。想いを計量されて評価されることに付き合う必要なんかなかった。想いは想いのままに、共感できる接点を見つけたときによろこべば、それでよかったのだ。

 大事な全日空。大好きな全日空。あなたへの愛情のために、色弱の私の代わりに飛んでくれる感謝のために、私はこれからもANAカードは持たない。ただ、ひたすら全日空を選ぶ。

 いつも優しく、凛々しく、かっこよくいて。頼むから。

 翔べ全日空。僕の翼。

(この稿おわり)
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