パッチンの木


この年になって、まだまだ知らないことが多くて恥ずかしいばかり。先日行った青梅での「パッチンの木」も、そう。


奥多摩湖。失われた小河内村に合掌。

奥多摩湖。失われた小河内村に合掌。

 小河内ダム(奥多摩湖)を見ようと車を駐車場に入れて、歩き出した。すると、道路を挟んだ向かい側の小公園のほうから、「パチーン」「パチーン」と音がしている。見ると、ダム関係者らしき人が徒歩で巡視して回っている。その人が木の枝を踏みしめている音なのかなと思った。

 ところが、その人が去った後も、同じ方角から「パチーン」「パチーン」と音がしている。

 不思議だなと思ってそちらへ行くと、音は足もとではなく頭上から聞こえた。「パチーン」――その音とともに、足もとに何かがカラカラと転がる。頭上は藤棚のようなもので、そこにからんでいる植物が、音の元だった。

「パッチンの木」。正体は藤。

「パッチンの木」。正体は藤。

 という表現はまさに無知の真骨頂。「藤棚のようなもの」ではない。「藤棚」だった。藤の木からぶらさがっている、種子を包んだ鞘。それがひとりでに「パチーン」とはぜて、鞘と種子がばらばらになって下に落ちて来るのだった。

 咲いている藤は見たことがあるけれど、藤の種子がぶら下がっているのは初めて見た。鞘は、豆の鞘そのものなのだけれど、それが微妙にねじれている。乾燥してくると、それがはぜて、中から種子が飛び出して来るらしい。

 無知なる我が一家は、勝手に「パッチンの木」と名付けて、しばらくその藤棚の下にいた。恐る恐る見上げて待って、「パチーン」の決定的瞬間を見ようと思ったのだ。

 ところが、どうしてもそれを目撃できない。たちの悪いもぐらたたきゲームのようだ。

 しかし、どこではぜているのがわからないのに、ひっきりなしに「パチーン」「パチーン」と聞こえて来るのが、余計に面白い。山のいたずら小僧にからかわれているような。

「パッチンの実」。じゃなくて、藤の実。

「パッチンの実」。じゃなくて、藤の実。

 北海道育ちゆえに、冬と言えば雪の世界しか知らなかった。それで、雪のない東京の冬はつまらないだの、余計に寒いだの、秋のまんま春になるようだだの、勝手なことばかり言っていたけれど、どうしてどうして。

 こんな楽しい木があるのだから、こちらの冬も捨てがたい。

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